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母のこと  圧迫骨折だった! 



色々な事があるものです・・・

旦那君の大阪転勤騒動が起きました。
今まで、大阪、京都転勤をしていますが、いずれも、転勤があるかもしれない
と話があると、両方共、転勤に。
今回、母をひとりでは置いていかれず、単身赴任を話し合っていました。
結局、出張は多くなりますが、大阪転勤はなくなりました。

そして、義妹から、義母が、壊れたと連絡がありました。
遠距離だし、毎日のように、話を聞くだけですが、ヘビーな内容で・・・

気持ちが乱れている時はブログは、綴らない事と決めていたのに
ちっとも、落ち着かなくて。

このへんで、まとめてしまおうと思います。


12月4日、2度めの救急搬送

母に、付き添うと、10分おきに、強い痛みが30秒~1分半続く。
4時間程、色々な検査をして、結果に呼ばれる。

便秘時に、掻き出した時に、肛門、直腸に、深い傷がついた。
診断名は、「裂肛」
不整脈の治療薬のワーファリンの影響で、傷口から、じわじわと、
血が滲み出していているのが、痛みの原因。
又、高齢・寝たきりのために、腸の動きが悪く、押し出す力が、微弱。
直腸に、便が、溜まってい様子が、MRIにも写り、便汁も又、
痛みを誘発。
腹部内に、感染はなく、薬を出すので、様子をみて下さいと
帰されそうになる。
私は、10日前に、診て頂いたけれど、前日まで、歩けていたのに
寝たきりになったのが、納得がいかない。
どうぞ、腰のMRIを撮って下さいとお願いをした。

3時間後、「第4腰椎圧迫骨折」が分かり、入院となる。

救急で、母は、ストレッチャーになる簡易ベッドに、私は、丸椅子に
座り、待つ事、約7時間後のことだった。

医師に、聞かれても、転倒・ぶつけた覚えはない。
骨粗鬆症の影響があると、くしゃみでも骨折する事があるそうだ。
でも、後日の検査で、母の骨密度は、同年代の118%
骨粗鬆症ではないが、老化という事か。

入院しても、裂肛が良くならず、腰痛より、激痛。
看護師が、便を掻き出す事が、治療の一環。
あまりの痛みに、「お願い。もう、止めて下さい」と
「お母さん、早く、迎えに来て」を聞いているだけで、
おろおろと心配するだけ。

肛門周りの皮膚がむけて、腫れ上がり、入院して、
更なる悪化を感じる。
ただ、4日めからは、排尿・排便時に、おまるの使用始める。

「外科に、手紙を出して、診察をお願いしているのですが。
催促してみます」
担当医を待ち、この言葉を聞くのに、私は、3時間待った。
連携が、悪すぎではないか。。。

それでも、母の体を計測して、オーダーをしたコルセットが届き、
痛くても、じょじょに、リハビリ開始。

入院して、10日目、やっと、肛門の痛みが治まってくる。
病棟で、片手は、手すりに、片手は、杖をつきながらの
歩行訓練。

13日め、パンツ型のおむつを購入して
欲しいの連絡で、午前中に、持参。
転倒が危険なので、必ず、看護師さんを呼ぶけれど、
助けられながら、個室のトイレにも行けるようになっていた。

その日の午後、病院から、退院のお知らせの電話。
確かに、はじめに、急性期の2週間の入院期限と聞いてはいたが・・・

ホームには、部屋の中に、摑まる手すりがない。
ホームに、電話相談をしたけれど、困っている様子。
帰宅をしたら、又、寝たきりになってしまうと病院に訴え、
病院のソーシャルワーカーに、相談をしに行く。

母に、認知症がない。
娘の私が、すべての責任を負う。
個室で、構わないという条件で、
いくつか、問い合わせをし、やっと、リハビリ病院が決まる。

翌日、私は、見学に行き、看護師さんともお話して、転院決定。

12月18日、救急介護タクシーを頼み、転院。
前日の夜、入院をして、はじめて、ゆっくり、主治医の話が聞ける。

18日の転院先。
リハビリ病棟は、老人ばかり。
近頃は、パジャマ・タオル類の貸し出しをする病院が多い。
前回もそうだったが、今回は、下着上下・靴下まで。
オムツも、持込禁止で、病院配給のものを使う。


手続きの書類の多さが、半端ない。
その中に、病院側は、十分に気をつけて、リハビリをするが
患者が、勝手に、動いて、怪我をした場合は、責任を負えない。
保証人として、サインせざる負えない。
母が、帰宅出来る場所はないのだから。

前回の入院時も、高齢者のため、入院すると、せん妄が起きると
言われた。
確かに、ろれつが回らず、聞き返す話もあったけれど、
痛みが強かったせいと思いたかった。
出来るだけ、一緒にいて、話しかけていて、だいぶ
元に戻っていた。

でも、転院した夜、個室のトイレに、他の患者さんが入ってくる。
看護士さんを呼んだけれど、カーテンの向こう側は揺れていて、
確かにいるのに、なかなか、来てくれないの訴えあり。

えーーー!!そんなはずはない・・・

せん妄は、その日だけ。
後に、「あの時は、本当にそう感じ、そう思ったのに、えりちゃんが
信じてくれなくて、悲しかったわ。でも、確かに、そんな訳ないわよね」

良かったぁ!!!

元々、自分に厳しい母は、へこたれず、やり過ぎて、理学療法士に
たしなめられる位。
年末・年始の休みもなく、毎日、1時間のリハビリを、がんばりました。

そして、入院時に、一応、1月15日退院予定と決めていた。
その1週間前に、ホームの人も呼んで、病院側と面談。

ホームからは、施設長、ケアマネ、サービススタッフ長出席。
病院側は、看護師長、リハビリ担当者、地域包括担当看護師出席。

母が、ホームに帰宅してから、心配な事、又、必要となるものを、
突き詰めての話し合い。

すでに、母は、トイレに、杖をつき、行けるようになっていた。

ホームの3階の母の部屋から、1階のダイニングへの食事時の歩きは、
手すり、エレベーター使用で、大丈夫。
でも、ホームの個室についているお風呂のまたぎの練習。
私の車の乗り降りもスムーズに出来るように。

お風呂内のすべり止めマット、体を洗う時の背もたれ椅子や、
室内の手すりの事などを話し合い、
更に、1週間位多くのリハビリの必要となる。
母は、病院の階段の登り降りなどもしながら、筋力をつけました。

1月22日、退院。
ホームに、帰宅。

そして、又もや、手続きの書類が一杯に。
訪問内科医と、改めて、契約し、これで、24時間何かあった時に
スタッフが相談も出来、他病院の紹介もして頂ける。
調剤薬局との契約。
住居型なので、訪問サービス扱いになる契約。
母のいない間に、眼科、歯科の訪問医も決まったそうで
両方とも契約。
週1度の、リハビリ契約。

2月26日 はじめに、入院した病院の主治医受診。
オーダーコルセットを24時間着用していたが、簡易コルセットに、変更。
寝ている間はなしとなる。

現在、ホーム内では、たまに杖を忘れる事もある位です。
ただ、外出は、私と一緒の時のみの許可。

一時は、寝たきりオムツで、認知症に移行するかとも思いました。
84歳の母が、よく、ここまで、復活したと思います。
はきはきとして、口うるさい母が、帰って来ました。

それにしても、はじめから、圧迫骨折と分かっていたらとは
思います。。。


長文を読んで下さって、ありがとうございました。


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3月、音羽の森に、お茶をしに行きました。
























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